読んでから観た。11日には後編が封切りなので、その前にと前編を観て来た。「ソロモンの偽証」は宮部みゆきさんのベストセラーで、年末に一気に読んだ。なんでそんな事をという悪意の正体を知りたかった。人は反撃として平気で恨みがましくなって悪意ある嘘をつくのか?1番悪いのは何なんだって気になって。そんな事を考えたのは、昨年11月の末に「反差別パネル展」に行ってヘイトスピーチの画像を見た事がきっかけだと思う。パネル展では胃液が上がって来て気分が悪くなった。「この人たちの悪意はどこからくるんだろう、どうしたんだろう、何があったんだろう、自分を被害者のように言いながら口が腐りそうな言葉を吐き続け脅迫する、なんでこんなことを・・・」ずっと考え続けていた。ふと思った、私かもしれない、私も友だちがいなかったら深い暗い悪意の穴に沈んでいたかもしれないって。
<前編少し説明と後編の予告>
中学生が主人公の映画です。役者さんたちがうまいなぁって思ったのは本を読んでたからかなぁと思います。
唐突ですが、
私はなにより収入が少ないし安定した未来があるわけじゃないし、病気持ちだし、腹が減ったり寝不足だと不機嫌になる餓鬼だし、しかし、勝ち組ではないが負け組とも思っていない。美貌はないが脂肪はあるぞと笑える陽気さと困った時には相談出来る友人がいるからありがたいことだ。対等につきあってくれる友人たちがいるから被害者意識に捕われずにすんでるんだと思う。
<前編少し説明と後編の予告>
中学生が主人公の映画です。役者さんたちがうまいなぁって思ったのは本を読んでたからかなぁと思います。
唐突ですが、
私はなにより収入が少ないし安定した未来があるわけじゃないし、病気持ちだし、腹が減ったり寝不足だと不機嫌になる餓鬼だし、しかし、勝ち組ではないが負け組とも思っていない。美貌はないが脂肪はあるぞと笑える陽気さと困った時には相談出来る友人がいるからありがたいことだ。対等につきあってくれる友人たちがいるから被害者意識に捕われずにすんでるんだと思う。
Comment
頑張りすぎてばてないでね。
私は読むのも理解するのも10年前に比べて時間が倍はかかるようになりました。その時はわかっていてもすぐ忘れるの。今日も明日店で版下作ろうと、昨夜下書きをしたんだけど、持ってくるの忘れたし。昨夜は会議で聞かなきゃと揃えていた書類を忘れて会議に行ってしまうし。これからは出がけに声を出して確認する事をしなきゃ。ホントに、のんびりやさんになりました。
私の場合、時間に追われる、というのが一番ストレスなんだというのが、今回よくわかりました。 そうならないためには、早目早目の段取りが必要なんだよね。
とめよう会のお仲間(この人は辛うじて携帯は持っているけれど、パソコンもファクスも持たない、使わない、という信念の持ち主)から、公判(うちらは東京都を相手に訴訟も起こしてますねん)の後で昼飯を食べながら、「○山さん、1人で何でもやろうとしないで、会議の前のレジメが間に合わなかったら手書きでもいいから原稿くれればコピーくらいして持っていきますから。」との有難いお申し出。
だけど、ファクスないから、コピーして持ってきてもらうには、まずその人のお家に届けなければならない。
いろいろな連絡をするには、この方の携帯にメールアドレスを設定して貰えれば一番楽なのだが、それはどうしてもイヤだとおっしゃる・・。
それが一番の「お手伝い」なんだがなァ(>_<)
私は昼間店をしていることもあり、ほとんど手伝えないのですが・・、脱原発や貧困や障がい者問題の解決のために頑張っていた方が落選してがっくり。
でも、「生活保護は遺伝する」とか「アイヌ民族はいない」とか発言したり、北星大の元朝日新聞記者の先生をやめさせるためのビラまきをしていた何人かの候補が落選して良かったです。事務局長って、いかに仕事をみんなに振るかという事が問われますよね、自分でやってしまった方が早い事が多くても、みんなでやるってところで頑張らなきゃいけなかったりするから。おつかれさまです。身体に気をつけてね。
娘には、「これは正しいことなんだから協力すべき」というママの態度は傲慢で間違っている、と言われて、四面楚歌。
しかし、余裕かますには休養が必要。ご苦労様、とか、ありがとう、とか言って欲しい、と思うのは間違っているのかしら。
23区選挙の告示は迫り、配らなくてはいけないものが多くて、焦ります。
ヘイトスピーチについて
1月末に雨宮処凛さんの対談を聞いたのだけど、雨宮さんが、作家になる前の非正規雇用の経験の話をしていて、そのなかで、当時、低賃金のひどい労働条件で働かされた若者たちが、雇い主とかから「文句があるなら、外国人労働者に仕事を回す」というようなことを言われていたこと話して、そのころの若者世代が、外国人排斥のヘイトスピーチにつながっているのではないかと述べていた。私は、その話に、なるほど、そうなのかもしれないと思ったのです。
「差別(区別・排除・制限)する心を誰もがもともともっている」という考え方は、間違いで、社会的な構造から、生み出されてきたもので、ターゲットにされるのは、社会的な弱者なのだなと思うのです。
嘘のこと
マイケルムーアが銃の話で、自分がもっている財産を守ろうとするときに、攻撃的になる・・・とか言っていたような気がするんだけど、自分を守りたいと思うと、攻撃的になるんじゃないかな。銃を撃つことと、嘘をつくことを同じに話していいかどうか迷うけど、無意識の嘘であろうと計算づくの巧妙な嘘であろうと、嘘も、自分の理想とか、願望とか、そういったものを守るための攻撃なんだと思う。これは、社会的構造で説明するのは難しいな。自分が、ターゲットにならないように、巻き込まれてしまわないように、願うばかりです。
コメントする