写真と文章ともに山上千尋さん(これからやインド店・・んなのあるのか??)の報告です。
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第17回アジア生活環境会議報告 (2009年12月)

 アジアにおいて、日本のような公害を再び起こさないために、小さな技術を伝えてゆくとの思いで、毎年アジアの各地を廻り開催している「アジア生活環境会議」。
今回の開催地はインド・ボパールでした。ボパールでは25年前の1984年12月2日に、アメリカの企業ユニオンカーバイド社の農薬工場からのガス漏れ事故で、1夜にして2000人以上が死亡、現在まで被害者15万人とも30万人とも言われる人たちが被害に苦しんでいます。
会議開催予定日はちょうど事故から25年と2日後で、毎年事故の当日前後の日程で行われる、
さまざまな会議やデモなどにも参加することができました。

 12月2日、ボパールに到着。直ぐに街の中心にある広場へ向かい、ボパール毒ガス被害者女性同盟のジャバルさんにご挨拶。会場ではボパール事故に関する集会や写真展も行われており、広場はインド各地から駆けつけた人たちで活気がありました。その足で、今度は事故を起こした工場の近くにあり、今回の会議の会場となるサンバブナトラストクリニックへ。会議の下準備をしました。
夜には、ボパールニューマーケット前にて、キャンドルアクション。多くの報道陣も詰めかけ、工場までのデモも行われました。
翌日は朝から、大きなハリボテのユニオンカーバイド元最高経営責任者ウォーレン・アンダーソンの人形などが街中を練り歩き(?)、工場にたどり着いた時点で燃やされるという毎年恒例のデモにも参加しました。

 翌12月4日は、いよいよ第17回アジア生活環境会議を開催。
1人目の発表者はアメリカCIPA(the Council on International and Public Affairs)国際と公共問題に関する会議のワード・モアハウスさん。長年ボパールに関わり続け、集めた資料の紹介をしていただきました。
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次に、水俣の谷洋一さんから水俣についての説明があり、続けてICJB(International Campaign for Justice in Bhopal)からラチナ・ディングラさん。事故から現在までのボパールでの運動の流れや状況をお話していただきました。
特に印象に残ったのは、現在のボパールの水の状況についてで、ボパールの50%は汚染の可能性のある井戸水を使用しているとのことで、現在、30km先の水源からパイプラインを引き始めており、改善に向けた動きが少しずつ進んでいるとのことでした。
安全な水を手に入れるために25年間もかかっている状況が心苦しかったです。
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次の発表は、ICJBに関わる元気な若者たち4名からの報告でした。昨日のデモでマイクを握り大きな声でかけ声をあげているところを見かけたサリタさんはなんと16歳。デリーからボパールまでのウォーキングアクションについてや、政府高官へ直談判を行った際の話など、これまでの活動について活き活きと語っていただきました。
 その後、タイEnLAW(Environmental Law for the Wants)から参加のモンタナさんとショーリ
ンさん、スリランカ自由労組開発センターから参加のシリルさんの活動紹介と続き、日本からもあいコープみやぎ吉武洋子さんと生活クラブ榊原樹子さんからインドの若者たちへ石けんの紹介がありました。
ICJBの若者4名は石けん作りをやってみたいとはりきっていました。
最後は特定非営利活動法人碧いびわ湖、藤井絢子さんにまとめのお話をいただき会議は終了しました。

 事故を直接体験していない若い世代の活躍に目を見張ると同時に、第2世代、第3世代へのガスの影響が、汚染地域に生まれる子供の40%に発生しているという事実と、まだまだ終わらないボパールの闘いを心に焼き付けた3日間でした。